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エリザベート 5/12マチネ

エリザベート:春野寿美礼
トート:マテ・カマラス
フランツ:石川禅
ゾフィー:寿ひずる
ルドルフ:古川雄大
少年ルドルフ:山田瑛瑠

今回マテトートまで期待はずれだったらもう観ることはないだろうな、と覚悟していたんですが、まったく全然杞憂でした。むしろお財布の心配をしなきゃいけなくなった。わはは

なんかね、ちょっと嬉しくて泣きそうになりました。
黄泉の帝王じゃなくって、無邪気で残酷で美しい『死』がちゃんとそこにいたんだもの。
エリザベートという作品に触れたのはウィーン版がはじめてだったからたぶん贔屓目もあるんだと思います。でもそれを置いても、やっぱりトートはマテがいい。
いいよ本当に。なんて魅力的なんだろうと思う。
シシィにとって『死』はずっとこんなに魅力的なものだったんだ、と思うと切なくなるけど、それがこの作品のトートの存在の意味だよね。『死』が一番魅力的で、一番元気であるべきだ。

細かいポイントをあげていくとたくさんあるけど、とにかく表情がドラマティックで素敵です。
特に好きなのは御者をやるシーンと、子ルドとのシーンと、指揮をするシーンかな。
獰猛な表情をするのに、不思議と無邪気さがある。
子どもみたいだったり、動物みたいだったり。表情がくるくる、かわいい。

最後シシィと抱き合うシーンで少年みたいな顔をするのも、妙にぐっときます。
わあっ、って静かに感動してるみたいに嬉しそうで、おずおずとシシィに触れる純粋さ。
年をとらないトートと老いたシシィの対比があってこそ、この場面の切なさというか綺麗さが生きると思うので、やっぱりトートはある程度若くないとね。

と、そんな感じでトートにピンときた状態で見た春野シシィは、とても良かったです。
特に結婚してから終盤が素敵でした。品があるし、しっとりした佇まい。
春野さんのシシィは本来そんなに強い人ではないように見えました。でも自分を保つために必死で強がって、孤独になって。「私にできることは強い皇后演じるだけ」とか「狂うほどの勇気を私が持てたなら」とか、そういう歌詞にとても説得力があります。
だからこそ、最後のトートとの抱擁がとても切なかった。『死』に抱かれて安らかな顔をしているのがね。
もう大丈夫だよ、と言ってあげたくなるシシィでした。

禅さんのフランツはとても皇帝らしく、威厳のある感じ。
最初からシシィと対等ではなく、諭すように歌っているように思えました。
さらには頑固そうなので、それを曲げてまでシシィを選ぶ、というところに重みを感じる。
ただ結局は禅フランツはひとりの男である前に皇帝なのだ、というのが根っこにしみついてしまっていて、それから逃れることはできないのだろうな。
夜のボートでは、自分でももう無理だと分かっていて言わずにはいられない、そんなふうに感じました。

あと雄大くんのルドルフは宝塚のひとみたいだった。
マテとの闇広は絵面が美しすぎてなんだかよく分からんことになってましたww
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