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スリル・ミー再演

【スリルミー 3/15.3/20】
私:田代万里生
彼:新納慎也

明日はmy楽なんですが、私千秋楽のあとなにも書けなくなっちゃうくせがあるので、いまのうちに2回観た感想を書くことにする。
まずは初演で魅力的だと思ったこのお芝居の核の部分や観劇後の重苦しい充足感が、再演でも少しも損なわれることがなかったのが本当に嬉しかった。こなれちゃったらやだなって思ってたけど、余計な心配でした。新納さんと万里生さんのポテンシャルに敬服します。
しいていえば初演の方が疾走感みたいなものはよりあったのかもしれないけど、今回はずぶずぶと深い感じ。
好きだなあと思います。
観たあとこんなに鬱屈した気持ちになるのに、あのちっさい地下の小屋も含めて、この舞台大好きだなあと。

なんかね、2回目観たあと、アトリエフォンティーヌのあの狭い舞台に「彼」と「私」を閉じ込めてしまいたくなった。それでもう誰にも見られないようにして、火をつけて、『やさしい炎』歌うの。そしたらあの狂おしい二人は永遠にあのまま綺麗に残しておける。
7月に銀劇でやるやつが見たくないわけじゃないです。でも全く別物になるだろうし、そうであってほしい。

んー、全然考えも感情もまとまらないけど、別に誰に感想文提出するわけじゃないからまとめる必要もないので、とりあえず「私」について感じたことなど。つらつら。
「私」がどの時点で確信犯だったのかって、このお話のキーになるようでいて、そうでもない気がする。それはもうどうでもいいんじゃないかな。眼鏡をわざと落としたっていうのだって本当かどうか分からないし、恐怖や怯えはにせものとは思えないし。
本当だといえるのは「私」はいつだって「彼」を見てて、その目はこわいくらい無垢だったってこと。彼を自分のものにする計画なんて冷静なものじゃない。ただいっしょうけんめいだった。
「私」っていう役は、たぶんもっとあざとく演じることもできると思うんです。最後のシーンで一気に形勢逆転、今思えばあの時も、あの時のあれも、ぜんぶ仕組まれていたんだつじつまが合う!恐ろしい愛憎!みたいな感じに。
でも万里生さんの「私」はそうはならない。演技プランがどうのというより、彼のつぶらな瞳と清げに響く声によるものかなあ。いじらしいんですよ。最後のシーンも、ゾッとするような表情をするのに、こわいのに、それでもまだどこか健気なの。
「僕のこと見直した?それとも、怖くなった?」って「彼」に聞くところとかね、普通ならおまえふざけんなよ怖いに決まってるじゃねーか馬鹿か!って感じだけど、「私」があまりに不安そうな心細そうな表情するから、ただもう泣きたくなる。
そんなに嫌われたくないくせに、好きになってほしかったくせに、取り返しのつかないことして。もう二度と彼を手に入れることなんてできなくなったんだからね、愛してもらえないんだからね。バカだなあ、バカだなあ。って泣きたくなる。

ところどころで「彼」と「私」が手をつなぐシーンがあるけど、なんだか二人がとても心細いような感じがして、超人ってなに?世間からはみだしちゃった人のこと?って思いました。
「俺本当は彼のような弁護士になりたかったんだ」「そうなの。知らなかった」護送車の中でのこの会話の、親しみと幼さも。結局のところ、二人ともなにも大切なものを手に入れることができなかった子どもに見えた。

悲しいお話の最後に一番幸せだったころの回想をもってくるのってずるいと思うんです。でも好き。壊れてしまったもの、失ってしまったものはすごく愛おしく感じる。
きっと二人には二人なりに、蜜月と呼べるものがあったのよね。
「レイ」って私を呼ぶ若い彼の声は涼やかで、「待ってたよ」って笑う私は無邪気で、優しい日差しはまるで二人を許しているみたいです。
胸倉ひっつかんで情熱的に彼を求めて、彼のなにもかもを欲しがった「私」が、最後に一番大切に持ってたのはこんなささやかな思い出だったという事実。
打ちのめされます。


もう疲れたからなにひとつ書ききれないまま、とりあえず明日みてくる。
やだな。終わりだよ。あの小屋なくなっちゃうんだよ。
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