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ロミオ&ジュリエット 10/15ソワレ

ロミオ:城田優
ジュリエット:フランク莉奈
ティボルト:平方元基
マーキューシオ:石井一彰
死:中島周


この日は例のごとく石井マキュと周さんに心臓もってかれて終演後しばらくふわふわしてました。

そうそう、マーキューシオについて新しい発見がいくつかあった気がする。
『憎しみ』の曲で左上のマーキューシオとベンヴォーリオがわちゃわちゃやってるとこ。ベンヴォーリオがマーキューシオのスカーフを取って落とすシーン、良知マキュは「なにすんだよ」って感じの顔してちょっと怒ってるんだけど、石井マキュはここ怒らないんだよね。「あー」ってぽけっとした、ちょうちょ追いかける子どもみたいな顔してスカーフ追うの。
このへん、ベンヴォーリオとの関係性の違いが見えます。良知マキュは対等だけど、石井マキュは違う。甘えとか依存とか庇護とか、そういうじっとりとした繋ぎ目があるような気がする。

あとマーキューシオの死の場面で、二人のマーキューシオが重きを置いているセリフが全然違う。
「どうってことないさ。傷は泉ほど深くはないし、教会の門ほど広くもない。気が遠くなる。ロミオ、お前はどうしてこんなに不器用なんだ?お前の腕の下から刺されたんだ。謝るな、謝るのはガキだけだぜ。ロミオ、ジュリエットを愛し抜け。全身全霊で」(台詞)
「俺は死ぬんだ。お前の腕の中で一人。俺は先に行ってお前を待ってる。俺がいなくても戦い続けるんだ。自由に生きるため。俺は恨む、お前の家を。モンタギューとキャピュレット、醜い争いを。くたばるがいい。どっちの家も。愛する友よ、別れの時だ」(歌)

これが一連の流れだけど、良知マキュが強く訴えているのは「俺がいなくても戦い続けるんだ、自由に生きるため」で、石井マキュは「俺は恨む、お前の家を。モンタギューとキャピュレット、醜い争いを。くたばるがいい、どっちの家も」だと思います。
思ってたんだけど、石井マキュの役づくりから考えると「ジュリエットを愛しぬけ」がちょっと違和感なんだよね。良知マキュだと違和感ないんだけど。
だから石井マキュの場合、あの台詞は死に際の朦朧とした意識のなかでうわごとのように口走ったものだと私は解釈してます。
石井マキュのほんとうに心の底からの言葉は「愛する友よ」ただそれだけだったと思う。


この日は周さんの死に対する印象がまたぐっと変わった日でもありました。
2幕のロミオがティボルト殺しちゃったあとの、憎しみリプライズで見せた表情のせいです。
周さんの表情って今までは喜怒哀楽のどれでもない、強いていうなら『無』が基本で、ときどきうっすら『哀』かなあ?くらいだったはず。なのに、今回は違ったの。

「怒りと絶望同時に押し寄せる」で、うずくまるロミオを死のダンサーが二度蹴り上げるような動作をするシーンがありますが、ここでほんとうに一瞬なんだけど、周さんすごい顔してた。どこか痛いのかと思ったくらい。
目の前で嘆いているロミオよりも、もっとずっと苦しそうな、なにがつらいといってなにもかもがつらいのだというような、胸が引き裂かれるような顔をしてた。
周さんの死はなんだか、すべての業を背負っているようなもの悲しさがあるな。
もののけ姫のコダマに似てるなと思ったのもそのへんからなんですが。知能と呼べるようなものがあるとは思えないのに、そこにいるだけでなにか心がざわつくような、不思議な存在感があります。人間の営みを悲しむでもなく喜ぶでもないけど、いとしんでいる感じはする。

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